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本格小説(上・下)/著者:水村美苗
私・水村美苗は、小説を書きながらアメリカ・スタンフォード大学で日本近代文学を教えていた。ある日一人の男が私を訪ねてくる。彼の名前は加藤祐介。彼は一人の男について私の話を聞きに来た。その男の名前は東太郎。
男は私が家族とともにアメリカ・ニューヨークに住んでいた頃、父がなにくれとなく面倒をみていた男だった。東は父の会社に勤め始めてから、その努力と才能でめきめきと頭角をあらわし、後には大金持ちとなった男だった。
祐介は東太郎について語りだした。その壮絶な恋の事を。
ハードカヴァーの時から気になっていたこの小説、ようやく文庫になり読み始める。その結果なぜこの物語を早く読まなかったのだろうと後悔した。
序文は200ページ以上あり、語り手である水村美苗のニューヨークで過ごした少女時代から現在までの回想話が続く。物語の真の主役である東太郎はほんのちょっとだけ登場しだんだん水村が他の人から東の言動を聞くという形になってくる。断片的に語られる東太郎は、風変わりであるという印象を与える。人間嫌い、決して過去をしゃべろうとはせず、その過去には何か人には言えない暗いものがありそうなのだ。更に成功しようと必死に努力をしている様に感じさせる何らかの決意、そういったものを感じさせる。東太郎の事がとても知りたいと思っている所に加藤祐介という人物が登場する。
加藤はニューヨークに来てからの東の様子を水村に尋ねる。その代わりにニューヨークに来る迄、東の生い立ちを水村に語ろうとする。
正直序文はもどかしくてつらかった。東について知りたくなってきているのに先延ばしにされているような感じがあった。しかし、それも物語にのめり込ませるのに一役買った。いよいよ本文が語られ出すという時には“待ちに待った”という気持ちが生まれていた。そしてこの序文は本文を読み終わった時に別の意味を持つ。水村が他の人からきいた東の言動が、あっこれはこの時の事かぁと思えるのである。
さて本文。ぐいぐいと引き込まれる力を持っている。物語は太郎と、その恋の相手・よう子をずっと見ていた宇田川家の女中(今で言う家政婦)・土屋富美子が偶然軽井沢で出会った加藤祐介にその思い出を語るというスタイルをとる。最初は富美子自身の思い出話から入り、一見関係ないようだが、後に太郎とよう子の “身分違いの恋”という概念を理解する上で、その時代背景をうまく説明している。
太郎とよう子の幼少時代は、とても幸せそうで楽しく遊んでいる様が想像でき、更に淡く切ない想いもさせる。
そして夢中で本文を読み続けていると突如舞台は現在に戻り、ふーっと一息つく。そのタイミングがこれまた絶妙なのである。そしてその後はまた終わりまでひたすら読み続ける吸引力を持っている。
太郎とよう子の二人の恋は決して幸せな終わり方をするわけではない。悲劇的とすら言える。しかしよう子と太郎は一生懸命にその恋に生き幸せだったのではないかと思える。
ぜひ明日はお休み、という日に上・下巻どちらも揃えてから一気に読んでください。